2011年 08月 01日 ( 2 )

桜島   「へ」の法則

   鹿児島旅行 続編

   フェリー「チェリークイーン号」で桜島に向かいました。 鹿児島のシンボル「桜島」は、山頂に雲の帽子をかぶっていました。 美しいですね。

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   「乗船時間は15分間ですが、船内でうどんを食べることができますよ」と、
    ガイドさんに教えてもらった通りに、私たちも食べてきました。あつい「かけうどん」400円! フェリー食堂のお兄さんは 働き者でやさしかった。

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      桜島、7月30日。今年499回目の朝からの噴火。 
      
      有村展望台  南岳からの噴火です! お~ 噴火の灰がふってくる!
   
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      1914 年(大正3 年)の大噴火によって、山腹から流出した溶岩により大隅半島と陸続きになったそうです。
      写真向こう側は、大隈半島です。(有村展望台から)

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       ~ガイドさんの鹿児島弁講座~

      鹿児島には「へ」の法則というのがあります。
  
     ① 「灰(はい)」のことを「へ」という。   桜島ん「へ」がふっでけた。     
     ② 「蠅(はえ)」も「へ」という。       「へ」がとんじょっ。   
     ③  お尻から出る「おなら」も 「へ」。    「へ」をひった。 
      
     訳すと  ① 桜島の「灰」がふだした。 ②「蝿」がとんでる  ③「おなら」をした(笑)

     「へ」には「灰」「蝿」「おなら」の 3つの意味があるのです。
     
 
     あまりにおかしくて、みな「へ」をかぶりながら、「へー」と驚いていました!

     
      さて、私たちが帰った後、8月1日、桜島は今年500回目の噴火が起きたそうです。
     
      桜島は、有史以来、活発な噴火活動を続けていて、火山ガス・火山灰・火山礫や土石流などにより大変な被害をおよぼしています。
      
      島の人たちは独特な産業、生活をされています。

      世界一大きい大根「桜島大根」。世界一小さいみかん「小みかん」。
      桜島の溶岩を利用した焼肉プレート。農作物に利用できる「火山灰」など。
      毎日の「風向き情報」。土石流や火山礫をさけるためのシェルター設置など。

      桜島の名称は、島内に、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)命」を祭る神社があったので、島を咲耶島、いつしか桜島となったそうです。

      桜島。 美しい名前ですね。

      「ふるさと桜島」を愛し、敬いながら暮らす方たちの心根と苦労を感じてきました。


      
      



 
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by kkpnx151 | 2011-08-01 19:02

鹿児島 薩摩の郷中(ごじゅう)教育

   7月30日・31日

    職員旅行でした。新幹線「さくら」で 新大阪駅から鹿児島中央駅まで4時間。
    車中気持ちよく、おしゃべりをしながら、あっという間に楽しい鹿児島入り。

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    ハイビスカス観光バスに乗り、まずは 「維新ふるさと館」 へ行きました。



    桜島が私たちを出迎えてくれました。

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  館内は大変充実していました。 「維新の道」「英雄の道」などを鹿児島の歴史を映像、体験などしながら学ぶことができます。
  篤姫のコーナーも興味深かった。

  特に、私の心に止まったのは「郷中(ごじゅう)教育」。先輩が後輩を教え導いた薩摩独特の集団教育、教育システム。

  新しい日本の夜明け明治維新には、薩摩から西郷隆盛、大久保利通、森有礼、東郷平八郎、大山巌など多くの人材が出て、近代日本を築く原動力になりました。
  
  これら維新を支えた英雄、明治の元君を育てたのが、薩摩の「郷中教育」だったのでした。


  「郷中教育の教え」
   負けるな   うそをつくな   弱いものをいじめるな

  
  人間としての最も大切なことを簡潔に示した言葉です。
  負けるな、というのは、自分を磨けということ。うそをつくな、というのは卑怯な生き方をするなということ。
  弱いものをいじめるなというのは、優しくあれということ。
  強く正しくたくましく、優しく生きよ。
  
  この教えは徹底していて、若き下級武士の子どもたちは、ともに世界に目を向けながら切磋琢磨していたのでした。

  
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   薩摩の教育は「文武両道」。だれもが、剣術とともに琵琶や笛もたしなむのは当たり前だったということです。
   知・徳・体、一体となった薩摩の熱い心意気が伝わってきました。


   早い段階から教育の重要性を認識し、国内外の情勢に応じた的確な施策を打っていったことが、
   薩摩藩が国難を乗り越え、維新の変革の担い手となることにつながったのですね。
   
   現在においても、教育の重要性は何ら変わるところはありません。
   子どもたちに生きる力を育てるための、もっと明確で確かな価値観を伝えていく必要がある。
   
   そんな反省をしながらバスに乗ると、車窓から近くにある「鹿児島市立山下小学校」校舎の「校訓」が目にとまりました。

   山下小学校 校訓 「負けるな うそをつくな 弱いものをいじめるな」

   郷中教育の教えが校訓となっていました。

   郷中教育の精神は、400年たった今日も鹿児島の子ども達に受け継がれていました!
   さすが、薩摩の教育!

   ちなみに、この山下小学校には、かつて「向田邦子」「林文子」も学んだそうです。

   わが奈良県も負けてはいられない!

   薩摩の教育に刺激をたっぷり受けてきました。
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by kkpnx151 | 2011-08-01 18:35